社会保障・社会福祉判例

生活保護ケースワーク記録非開示処分取消訴訟・東京地方裁判所判決(平成19年7月4日)
東京地方裁判所 平成18年(行ウ)第623号 自己情報一部非開示処分取消請求事件
生活保護ケースワーク記録の非開示処分に対し全面開示を請求し、ほぼ全面的に認容された事案

判  決

    東京都大田区△△丁目○番●号
    原告 X
    同訴訟代理人弁護士 藤岡 毅
    東京都大田区蒲田五丁目一三番一四号

    被告 大田区
    同代表者兼処分行政庁 大田区長
    西野 善雄
    被告指定代理人 河合 由紀男
    同 岩田 実
    同 松井 克之
    同 池 一彦

主  文


一 処分行政庁が平成一八年五月二五日付けでした自己情報開示等決定(平成一九年一月一六日付けでした自己情報開示等(変更)決定による変更後のもの)のうち、別紙記載1ないし4を開示しないとした処分を取り消す。

二 訴訟費用は被告の負担とする。


事実及び理由

第一 請求

主文同旨

第二 事案の概要
本件は、原告が処分行政庁に対し大田区個人情報保護条例(以下「本件条例」という。)に基づき自らの生活保護記録の開示請求をしたところ、実施機関(処分行政庁)の適正な事務の執行に支障が生じるおそれ(本件条例一八条の二第二項二、三号)、第三者の権利利益を不当に侵害するおそれ(同条同項四号)を理由として一部を非開示とする決定を受けたことから、その非開示処分の取消しを求めた事案である。

なお、本件訴訟提起後、変更決定により開示された部分については、訴えが取り下げられた。

一 法令の規定等
本件条例一八条は、「何人も実施機関が保有している自己を本人とする保有個人情報の開示を請求することができる。」旨、同一八条の二第一項は、「実施機関は、自己情報の開示の請求があったときは、当該自己情報を開示しなければならない」旨、それぞれ規定している。

また、本件条例は、一八条の二第二項において、次の各号のいずれかに該当する自己情報については、開示しないことができる旨を規定している(一、五号は省略)。

(2) 個人の評価、診断、判定、指導、相談、推薦、選考等(以下「評価等」という。)に関するもので、開示することにより本人の利益を損ない、又は当該評価等に係る実施機関の適正な事務の執行に著しい支障を生じるおそれがあると認められるもの

(3) 取締り、調査、交渉、照会、争訟等に関するもので、開示することにより実施機関の適正な事務の執行を妨げるおそれがあると認められるもの

(4) 開示することにより、第三者の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認められるもの

二 争いのない事実

(1) 原告は、平成一八年四月二八日、処分行政庁に対し、本件条例二二条一項に基づき、平成一〇年以降、平成一八年三月三〇日までの原告の生活保護記録について、自己情報の開示を請求した。

(2) 処分行政庁は、原告の開示請求に係る保有個人情報について、これを原告の「生活保護ケースワーク記録」(以下「本件ケース記録」という。)であると特定した上、本件ケース記録のうち、請求に応じられない部分及びその理由並びに開示の方法及び日時を決定し(以下「当初決定」という。)、その旨、平成一八年五月二五日付けで原告に通知した。

(3) 原告は、平成一八年一一月一四日、本件訴えを提起した。

(4) 処分行政庁は、平成一九年一月一六日、当初決定のうち、非開示部分の一部については自ら取り消して開示することとし、同月一七日、原告に対し、上記開示部分についてはその写しを送付して開示し、併せて非開示を維持する部分については、改めて整理し直した非開示事由を通知した(以下、当初決定を変更した後のものを「本件一部非開示決定」という。)。

三 争点
(1) 別紙記載1の非開示部分を開示すると、本件条例一八条の二第二項二号に定める、実施機関の事務の執行に著しい支障を生じるおそれがあると認められるか。

(2) 別紙記載2ないし4記載の各非開示部分を開示すると、いずれも、本件条例一八条の二第二項二号、三号に定める事務支障や、四号に定める第三者の権利利益の侵害があると認められるか。

四 争点に関する当事者の主張
(1) 別紙記載1の非開示事由該当性
(被告の主張)
当該非開示部分には、担当ケースワーカーが抱いた原告の生活状況に対する率直な印象ないし評価が記録されているところ、担当ケースワーカーは、開示されることを予想せずに記載しており、このような情報が開示されることになれば、担当ケースワーカーは、被保護者からの誤解、不信、無用な反発などをおそれて、率直な印象ないし評価を記録しなくなり、その結果、生活保護に関する基礎資料である生活保護ケースワーク記録が形骸化し、継続的な保護の適正な実施に著しい支障を生じるおそれがあるから、本件条例一八条の二第二項二号の非開示事由に該当する。

(原告の主張)
担当ケースワーカーの所見部分を対象者に開示しても、必要な事項について適切な表現で記載している限り、担当ケースワーカーと対象者との信頼関係が損なわれることはなく、評価、判断等に著しい支障が生じるというおそれはない。

(2) 別紙記載2ないし4の非開示事由該当性
(被告の主張)
ア 別紙記載2の非開示部分には、担当ケースワーカーが、A総合病院の特定の医療福祉相談員であるメディカルソーシャルワーカーから伝え聞いた、原告に対する訪問介護の要否についての特定の医師の意見が記録されている。

別紙記載3の非開示部分には、担当ケースワーカーが、A総合病院の特定の医師から聴取した、原告の病状、日常生活動作(ADL)に関する所見等が記録されている。

別紙記載4の非開示部分には、担当ケースワーカーが、生活保護法上の他人介護料の加算の問題に関連して、原告の二四時間介護の必要性について聴取したA総合病院の特定の医師の所見が記録されている。

イ 二号該当性
病院から提供を受けた情報を原告本人に対しても開示することについて病院に何ら説明していないから、もし別紙記載2ないし4の情報を開示したならば、病院との信頼関係を損ない、保護の実施機関は病院からの協力が得られず、保護の適正な実施に必要な情報の収集ができず、今後の適正な事務の執行に著しい支障が生じるおそれがあるから、本件条例一八条の二第二項二号に該当する。

ウ 三号該当性
別紙記載2ないし4の情報は、担当ケースワーカーが病院に対して行った電話照会に対する回答(別紙記載2)、あるいは病院訪問調査(別紙記載3及び4)によって得られたものであり、前述のように病院の協力が得られなくなれば、実施機関の今後の照会、調査等の事務の適正な執行を妨げるおそれがあるから、本件条例一八条の二第二項三号にも該当する。

エ 四号該当性
別紙記載2ないし4の情報は、訪問看護の要否に関する病院の専門的な意見であり、必ずしもその内容が被保護者の意見と一致しない場合があること(別紙記載2及び4)や、その内容が広範囲にわたることなどから、これらをそのまま開示した場合、被保護者が病院に対して誤解、不信感、反感を抱き、被保護者から病院に対する苦情が述べられ、病院がその対応を迫られる等、病院の業務遂行に支障が生じ、その権利利益を不当に侵害するおそれがあるから、本件条例一八条の二第二項四号にも該当する。

オ なお、不開示処分がされた後、A総合病院から本人への開示に同意する旨の同意書(《証拠略》)が出されたが、処分時以降にされた事実によって処分の適法性に影響を及ぼすものではない。

(原告の主張)
そもそも、病院の個別医療情報は、当該患者の同意があれば当該本人のプライバシー権に基づく個人情報として開示されるべき性質の情報である。

そして、A総合病院は、平成一九年三月二二日付けで同意書(《証拠略》)を発行し、別紙記載2ないし4を原告に開示することにつき同意しているところ、不開示処分時からこの同意書発行の時までの間に何ら事情の変化はないから、本件の不開示処分時に、別紙記載2ないし4の情報を開示することにより、同病院の権利利益を不当に侵害するおそれは存在していなかったものと推認できる。


第三 争点に対する判断
一 争点(1)(別紙記載1の非開示事由該当性)について
被告は、本件ケース記録のうち別紙記載1の部分には、担当ケースワーカーの率直な印象ないし評価が記載されているところ、この部分が開示されることになると、担当ケースワーカーが、被保護者からの誤解・不信・反発をおそれて、被保護者の生活状況等について率直な印象ないし評価を記録しなくなり、その結果、生活保護ケースワーク記録が形骸化し、保護の適正な実施に著しい支障を生じるおそれがあると主張する。

そして、たしかに証拠(《証拠略》)及び弁論の全趣旨によれば、別紙記載1の部分には、原告の生活状況に関する担当ケースワーカーの率直な印象等が記載されているものと推認できる。

しかしながら、証拠(《証拠略》)及び弁論の全趣旨によれば、そもそも生活保護ケースワーク記録は、保護決定の根拠と適用のプロセスを客観的に記録するものであり、同時に、被保護者の生活実態を継続的に把握し記録することによって、被保護者の置かれている状況に応じた保護の要否や程度、さらには、処遇方針や個別援護活動の適否などを検証するための資料として作成されるものであると認められるから、その記載内容は、原告の生活実態等に関する客観的具体的事実が中心となると考えられ、仮に、担当ケースワーカーが抱いた印象や評価を記載する場合でも、客観的具体的事実を前提として、担当者の専門的な知見に基づく印象や評価が記載されるものであると考えられるから、そのような印象や評価が的確な表現で記載されている部分が開示されたからといって、特別の事情がない限り、直ちに担当者と被保護者との間の信頼関係が損なわれるとは通常考えがたく、本件において、そのような特別な事情を窺わせる証拠は何ら存しない。

また、印象や評価の中に、担当ケースワーカーの主観的・感覚的な印象や評価が記載されることもあるとしても、そもそも生活保護記録が上記のような趣旨で作成されるものである以上、何ら客観的具体的事実に基づかない主観的・感覚的な印象や評価の記載が、およそ適正な保護業務の遂行等のために必要であるのかどうかは多大な疑問があり、将来、そのような担当ケースワーカーの主観的・感覚的な印象や評価が十分に記載されなくなったとしても、そのことによって、生活保護ケースワーク記録が形骸化し、生活保護に係る事務に具体的な支障を生じさせるおそれがあるとは考え難い。

そうすると、本件において、別紙記載1の部分に、担当ケースワーカーの率直な印象や評価が記載され、それが開示されることになったとしても、それによってケースワーカーが保護業務に必要な事項を記載しなくなり、生活保護ケースワーク記録が形骸化し、生活保護に係る事務に支障を生じるおそれが生じるとは考え難いといわざるを得ない。

加えて、証拠(《証拠略》)及び弁論の全趣旨によれば、別紙記載1は、本件一部非開示決定がされた八年近く前に記載された事項であり、担当ケースワーカーも既に交代していること、上記非開示部分の前後には、原告の転居先の家賃が高額であることや、原告の住居としてのみならず事務所として使用されているのではないかとの疑いを抱いていることをうかがわせる記載があり、これらについては既に開示されていることにもかんがみると、別紙記載1を開示することにより、原告が担当ケースワーカーに対し、誤解、不信、反発を抱き、それによって原告の具体的な保護に係る業務に支障が生じるおそれがあるとも認め難い。

そして、他に、別紙記載1が、これを開示することにより、本件条例一八条の二第二項二号の定める実施機関の適正な事務の執行に著しい支障を生じるおそれがある情報に該当すると認めるに足りる証拠はない。

二 争点(2)(別紙記載2ないし4の非開示事由該当性)について
(1) 証拠(《証拠略》)及び弁論の全趣旨を総合すると、本件ケース記録のうち別紙記載2の部分には、担当ケースワーカーが、平成一二年七月三日、A総合病院のメディカルソーシャルワーカーから伝え聞いた、原告に対する訪問介護の要否についての特定の医師の判断ないし意見が、別紙記載3の部分には、担当ケースワーカーが、平成一六年五月二八日、A総合病院の特定の医師から聴取した、原告の病状、治療方針、通院状況、主訴の内容並びにこれらを前提とした原告の日常生活動作(ADL)に関する所見が、別紙記載4の部分には、担当ケースワーカーが、平成一六年六月四日、生活保護法上の他人介護料の加算の問題に関連して、原告の二四時間介護の必要性について聴取したA総合病院の特定の医師の所見がそれぞれ記録されていると推認できる。

(2) 被告は、別紙記載2ないし4は、いずれも提供を受けた情報を原告に対して開示する旨を病院に説明していないから、これらを開示した場合、被告と病院との信頼関係を損ない、今後病院から任意の協力を得られず、今後の適正な事務の執行に著しい支障が生じるから本件条例一八条の二第二項二号に該当し、また、今後の実施機関の病院に対する照会や調査の事務の執行を妨げるおそれがあるから同条同項三号に該当すると主張する。

しかしながら、A総合病院が被告に提供したのは原告に関する訪問介護や二四時間介護の必要性に関する意見ないしその前提事実であるところ、一般に、病院が、このような事項について、専門的知見に基いて公正な判断をしている限り、患者に対しこれらの意見を秘密にする理由があるとは考え難いから、特別の事情がない限り、被告が原告に対してA総合病院の意見等を開示したからといって、直ちに被告と病院との信頼関係を害するとは考え難いところ、そのような特別の事情を窺わせる証拠はない。

加えて、証拠(《証拠略》)によれば、A総合病院は、平成一九年三月二二日付け同意書で、被告が原告に上記意見等を開示することに同意していることが認められるところ、当初決定ないし本件一部非開示決定当時から、平成一九年三月二二日までの間に、A総合病院において、別紙記載2ないし4について、それを被告が原告に開示することの当否に関して事情の変化が生じたことを窺わせる証拠は何ら存在しないのであるから、当初決定ないし本件一部非開示決定当時において、それを開示することによって、被告とA総合病院との信頼関係を損い、その後の被告の事務に支障を生じさせるような具体的なおそれが存したと認めることは到底できない。

そして、他に、別紙記載2ないし4を開示することにより、被告の適正な事務の執行に著しい支障が生じ、あるいは照会や調査等の適正な事務の執行を妨げるおそれがあると認めるに足りる証拠はなく、本件条例一八条の二第二項二号又は三号に該当すると認めることはできない。

(3) また、被告は、別紙記載2ないし4には、原告の見方と一致しないものなどがあり、これらを開示した場合、原告からの苦情等によりA総合病院の業務遂行に支障が生じ、A総合病院の権利利益を不当に侵害するおそれがあるから、本件条例一八条の二第二項四号に該当すると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、A総合病院は、別紙記載2ないし4について、被告が原告に対して開示することに同意し、それは、当初決定ないし本件一部非開示決定当時から、そのような考えであったと推認されるのであるから、特別の事情がない限り、およそ、別紙記載2ないし4が原告に開示されたからといって、A総合病院の権利利益を不当に侵害するおそれがあるとは認めがたいと言わざるを得ず、そのような特別の事情を窺わせる証拠は、何ら存在しない。

そして、他に、別紙記載2ないし4を原告に開示することによって、A総合病院の権利利益を不当に侵害するおそれがあると認めるに足りる証拠はなく、本件条例一八条の二第二項四号にも該当しない。

三 したがって、別紙記載の各非開示部分はいずれも本件条例の定める非開示事由に該当せず、本件一部非開示決定は違法である。


第四 結論
以上によれば、原告の請求は理由があるから認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第三部
    裁判長裁判官 定塚 誠
    裁判官 中山 雅之
    裁判官 進藤 壮一郎




(別紙)
本件一部非開示決定に係る非開示部分及び非開示事由一覧表

    番号1 非開示部分 6頁「平成10年9月24日家庭訪問調査」の7行目から7頁の1行目まで
    非開示部分に係る記載内容の概要 住宅の使用状況から窺える原告の生活状況に関する担当ケースワーカーの印象
    非開示事由 18条の2第2項2号

    番号2 非開示部分 16頁「平成12年7月3日電話連絡」の3行目から7行目まで
    非開示部分に係る記載内容の概要 A総合病院の特定の医療福祉相談員から担当ケースワーカーが聴取した原告の訪問看護の要否に関する特定の医師の意見
    非開示事由
    18条の2第2項2号,3号,4号

    番号3 非開示部分 37頁「平成16年5月28日病院訪問調査」の3行目から17行目まで
    非開示部分に係る記載内容の概要 担当ケースワーカーがA総合病院の特定の医師から聴き取った原告の病状,日常生活動作に関する同医師の所見
    非開示事由 18条の2第2項2号,3号,4号

    番号4 非開示部分 40頁「平成16年6月4日病院訪問調査」の1行目から7行目まで
    非開示部分に係る記載内容の概要 担当ケースワーカーがA総合病院の特定の医師から聴き取った原告の24時間介護の必要性に関する同医師の所見
    非開示事由 18条の2第2項2号,3号,4号





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