生活保護ケースワーク記録の開示請求、全面勝訴

―「生活保護ケースワーク記録非開示取消訴訟」判決
(賃社一四四八号=本誌六二頁)の意義


    
原告代理人 弁護士 藤 岡 毅
 一 総論

1 はじめに
 二〇〇七年七月四日、東京地方裁判所(民事第三部・定塚誠裁判長)は、生活保護ケースワーク記録(以下、「ケース記録」)の開示を求めた原告の請求をすべて認容し、非開示処分のすべてを取り消すとの判決を下した。

 被告は控訴せず、同月一九日、判決は確定した。

 本判決は、生活保護ケース記録の全面開示(注1)を認めたもので、生活保護実務にも影響を及ぼすと思われる。

   注1・厳密には、第三者の個人の氏名部分の一三ミリメートルほどの非開示部分が二箇所あったがそれは非開示に理由があるので訴訟対象としなかった。

2 ケース記録開示の重要性
 日本国憲法第二五条は生存権を保障する。同条に基づき必要な保護と生存権を公的に保障する実体法として生活保護法がある。

 市町村の担当職員(ケースワーカー)は、申請者から事情を聴取し、調査内容を申請者ごとにケース記録に記載する。

 生活保護が市町村により決定される場合、その要否判定、生活状況の調査、保護の種類、該当基準、保護期間、保護方法等は、ケース記録に記載された事実を基に判断されている。

 したがって、ケース記録に事実が正確に記載されていることが保護決定の妥当性、正当性を担保するための前提条件となる。

 一旦保護が開始されても、その後の状況等が正確に記載されていなければ要保護性の判断を誤って保護を変更、停止、廃止するなどの事態も起こりうる。

 そして、ケース記録の記載内容は本来的に憲法第一三条に基づく当該被保護者の有する個人情報に他ならない。

 憲法第一三条に基礎付けられる個人情報プライバシー権を具体化したものとして今日ほとんどの自治体が個人情報保護条例を制定・施行しており、市民は手続きとしては同条例を利用して自身のケース記録の開示を請求できる。

 申請者本人と市民の権利を擁護するべき代理人弁護士としても、開示されたケース謄写記録をチェックすることが必要である。


  二 事案の概要

1 当事者  原告は、大田区内のアパートにて一人で生活している脳性まひによる重度の全身性障害を有する成人男性(一九五二年生)である。

 一九八二年頃から生活保護の生活扶助、住宅扶助を受給している。

 被告は地方自治体である大田区である。

2 生活保護他人介護料
 加齢による障害の重度化等の影響で介護の必要性が高まってきたため、原告は二〇〇四年二月二七日、生活保護制度のうち、「他人介護料」と呼ばれる介護保障を申請したが、大田区は同年三月二六日却下した。

 そのため原告は却下処分を不当とし、筆者を代理人として、同年五月一八日行政不服申立て手続を行った。

 そうしたところ、大田区は処分の違法を認め、同年六月二九日、保護申請却下取消処分を行い、同年七月一二日、生活保護他人介護料のうち福祉事務所設定基準の決定を行った(注2)。

 注2・他人介護料のうち厚生労働省基準の設定通知は同年一〇月一八日にあり、同年二月二七日分からの遡及決定がなされた。

3 開示請求
 生活保護の支給に関し、また、介護保障に関し、弁護士や支援者による権利擁護活動がなされている原告に対して、大田区からはしばしば介護保障の打ち切り、生活保護の削減等を企図する動向、言動が見受けられた。

 そのため、原告は自身の保護決定にかかる行政の把握する情報に事実誤認がないか等を確認する必要を感じた。

 原告は、二〇〇六年四月二八日、自分の生活保護ケース記録の個人情報開示を被告大田区に求めた。

 手続的根拠は、大田区個人情報保護条例であり、同条例第一八条の規定する個人情報開示請求権である。

4 一部非開示決定(第一次非開示決定)
 被告は同年五月二五日、一二箇所を非開示として黒塗り処分にした。

5 行政訴訟提起
 非開示一二箇所のうち二箇所は、第三者の個人の氏名であり非開示に理由があったが、残る一〇箇所の黒塗りに合理性はなかった。

 そのため、原告は二〇〇六年一一月一四日、東京地裁に対し、一〇箇所の非開示処分の取消しを求めて行政訴訟を提起した。

6 一部開示決定(第二次非開示決定)
 そうしたところ、第一回口頭弁論期日の二〇〇七年一月三〇日の直前になって、大田区は一〇箇所のうち、六箇所を開示してきた。

 一月一六日付で変更決定を行い、一七日付で開示文書を郵送で発送(一八日頃着)という大田区の慌てぶりである。

7 審理対象
 そのため、残る四箇所の黒塗りの合法性を巡って審理がなされた。


  三 行政の主張した非開示理由 その一

 「率直な印象を開示すると本人から反発される恐れ」との非開示理由

 非開示箇所の一箇所目は、被告のケースワーカーが原告宅を訪問調査した際の、「原告の生活状況に対する率直な印象ないし評価」が記載されているという。

 伏字箇所は、一一センチメートルほどで、一文字程度+一行分である。

 被告は、このような情報まで開示されてしまうと今後ケースワーカーは当事者からの反発を恐れて率直な印象、評価を記載しなくなり、ケース記録は形骸化してしまうと主張した。


  四 「率直な印象、評価」の開示の点の裁判所の判断

1 判旨の内容
 @「そもそも生活保護ケースワーク記録は、保護決定の根拠と適用のプロセスを客観的に記録するものであり、同時に、被保護者の生活実態を継続的に把握し記録することによって、被保護者の置かれている状況に応じた保護の要否や程度、さらには、処遇方針や個別援護活動の適否などを検証するための資料として作成されるものであると認められるから」

 A 「その記載内容は、原告の生活実態等に関する客観的具体的事実が中心となると考えられ」

 B 「仮に、担当ケースワーカーが抱いた印象や評価を記載する場合でも、客観的具体的事実を前提として、担当者の専門的知見に基づく印象や評価が記載されるものであると考えられるから、そのような印象や評価が的確な表現で記載されている部分が開示されたからといって、特別の事情がない限り、直ちに担当者と被保護者との間の信頼関係が損なわれるとは通常考えがたく、本件において、そのような特別な事情を窺わせる証拠は何ら存在しない。」

 C 「また、印象や評価の中には、担当ケースワーカーの主観的・感覚的な印象や評価が記載されることもあるとしても、そもそも生活保護記録が上記のような趣旨で作成されるものである以上、何ら客観的具体的事実に基づかない主観的・感覚的な印象や評価の記載が、およそ適正な保護業務の遂行等のために必要であるのかどうかは多大な疑問があり、将来、そのような担当ケースワーカーの主観的・感覚的な印象や評価が十分に記載されなくなったとしても、そのことによって、生活保護ケースワーク記録が形骸化し、生活保護に係る事務に具体的な支障を生じさせるおそれがあるとは考え難い。」

2 上記判旨について
判旨@ ケース記録の目的の確認
 ケース記録の目的とは次のものだと示した。
「保護決定の根拠と適用のプロセスを客観的に記録するもの」
「生活実態を継続的に把握し記録すること」
「被保護者の置かれている状況に応じた保護の要否や程度」
「処遇方針や個別援護活動の適否などを検証するための資料として作成される」
 この生活保護ケース記録の目的、意義の判旨は、今後の生活保護行政の基本指針として改めて生活保護実務に携わる関係者に周知・徹底されることが望まれる。

判旨A 客観的具体的事実記載原則論
 要するに、行政担当職員の「個人的な感想」「主観的評価」が書かれるものでなく、あくまで客観的具体的事実が記載されるものだという当たり前であるが実務上たいへん重要な注意事項が確認されている。

判旨B ケースワーカーが抱いた印象は専門的記載のはず
 「専門的な知見に基づく印象や評価」が記載されるはずであるから、信頼関係を損なうとは考えがたいとしている。
 専門的見地からの評価を開示することに何ら問題ないはずではないかと行政側の主張や保護実務の実態を批判しているとも言える。

判旨C 担当ケースワーカーの主観的・感覚的な印象や評価不要論
 要するに、そもそも、そのような恣意的な記録はケース記録から排除されるべきだという判旨。

 被告は、「担当ケースワーカーの率直な印象」を開示してしまえばそういう記載が書けなくなってしまい、保護の実施に支障が生じる旨主張していた。

 つまり被告は「担当者の率直な印象の記載」がケース記録に書かれることを所与の前提とし、それが記載されることが保護業務に必要であることを自明のメリットとし、開示によりそれが失われることのデメリットを議論していた。

 しかし、裁判所は、そもそも生活保護制度の趣旨からすれば、記載されるべきは客観的事実であることを確認し、たまたま担当者が感じた主観的印象を記載している実務の前提自体に疑問を投げかけたのである。

 考えてれみれば、生活保護の実務は保護要件に該当する具体的事実を法に適用する法の執行業務であり、行政担当者がたままたそのとき感じた主観的「印象」をもとに保護の要否が判断されるとすれば、それは行政による法の恣意的な適用・運用につながりかねない。

 行政裁量の適切な運用を司法統制するという問題意識も裁判官にはあったと思われる。

もちろん、「たいへんつらそうな表情をしていた」など、要保護性を推認させる事情となりうる印象もあろうが、「行政にとって、本人には知られたくない印象」などおよそ望ましいものでないとの価値判断もあったのではないか。

「本人に知られたくない担当者の印象」を記載することを当然のメリットとする保護実務に警鐘を鳴らした意味で、痛快である。


  五 従来の判例の検討

1 大田区指導要録開示事件、最高裁判決
 今回の東京地裁判決は、行政側の皮相極まる(反面、そんなものかと一瞬耳目に入りかねない)「形骸化論」を痛烈に批判している。

 この点、被告大田区がそのような主張を持ち出した理由の一つとして想起されるのが、同じく大田区が被告となった小学校児童指導要録の本人開示請求事件の二〇〇三年一一月一一日最高裁判決(判時一八四六号三頁・平成一五年度重判四八頁)がある。

 これは、既に中学生になった大田区民が、区立小学校時代の自分の指導要録の開示請求をしたところ全面不開示処分となったため行政訴訟となった事件である。

 最高裁は、学習到達度等の評価、評定欄は開示するべきとする反面、担任教師が学習態度・行動及び性格の記録等に関して自分の言葉で記載する所見欄、人物評価をする評定欄については、「人物評価ともいうべきものであって、評価者の観察力、洞察力、理解力等の主観的要素に左右される…指導要録の記載内容が形骸化、空洞化し、…適切な指導、教育を困難にするおそれを生じることも否定することができない。」とした。

 今回の裁判官も当然この最高裁判例は意識していたはずである。

 しかし、教育における教師―児童の関係と、福祉行政における保護実施機関―市民の関係をパラレルに考えることはできないと判断したと思われる。

 本来的に市民は行政に対して保護要件を満たす限り生活保護保障請求権を行使する権利者であり、実施機関は保護が法的に義務付けられている義務者であり、発展途上の児童の教育における人物評価とは根本的に意味が違うということが一因と思われる。ただ、この点は専門の識者による研究に期待したい。

 筆者は上記学習要録事件について語る立場にないが、個人的には「主観的要素…空洞化」等の最高裁判決の論旨には疑問を感じており、同最判もいずれ克服されるべきではないかと考える。

2 高齢者ホームヘルプケース記録開示請求事件、東京高裁判決
 他方、高齢者のホームヘルプ派遣に関するケース記録について東京高等裁判所二〇〇二年九月二六日判決(確定)(判例時報一八〇九号)は、「個人の評価、診断、判定等に支障が生ずるおそれがある」に該当しないと判断している。

 同判例は概要次のとおり判示している。 「必要な事項について的確な表現を用いた記載がなされることを前提とする限り、担当ワーカーの所見部分を開示しても、信頼関係が著しく損なわれるおそれがあるとは認め難い。…担当ワーカーは、ケース記録の作成に当たり適切な表現を用いるよう努めるべきであり…一般的に、担当ワーカーの所見部分を本人に開示することにより…評価、判断等に著しい支障が生じるおそれがあると認めることはできない。

 なお、…所見部分の開示によって生じるかもしれない対象者との軋轢をおそれて必要な事項を記載しないといった対応をすべきではなく、必要な事項について的確な表現をもって記載するよう努めるべきである…」

 今回の東京地裁判決はこの判例に親和的と思えるが、更に分析的で、洗練されており、説得的である。


  六 行政の主張した非開示理由 その二

 「病院と行政の信頼関係が損なわれる」との非開示理由
 非開示箇所の二〜四箇所目は、被告が原告の主治医から聴取した原告の@訪問看護の必要性、A原告の日常生活動作(ADL)、B二四時間介護の必要性等に関する医学所見が記載されているはずの箇所であった。
 被告は、開示してしまうと協力してくれた病院との信頼関係が損なわれると主張した。


  七 「病院との信頼関係毀損」の点に関する裁判所の判断

 「訪問介護や二四時間介護の必要性に関する意見ないしその前提事実であるところ、一般に、病院が、この様な事実について、専門的知見に基いて公正な判断をしている限り、患者に対しこれらの意見を秘密にする理由があるとは考え難い」との判旨は、正当というほかない。

 この病院は原告が主治医として利用している医療機関である。

 今日、医師、医療機関は患者に医療情報を開示・説明する義務があると考えられており、一昔前と異なって、たとえ癌との診断であっても本人に開示、説明することが原則であろう。

 例えば、患者が必要と考えている二四時間介護の必要性がないと医療機関が専門的知見に基づいて判断するならば、その旨患者に説明すれば足る話である。

 実際、本件で原告の求めに応じて当該病院は当該情報を原告に開示することを院長名義の公式文書により即日同意している。

 医療情報の開示に医療機関が同意しないことなど、今日想定し難い異常な事態といってよい(仮に患者と医療機関の間で医療過誤訴訟が想定されるような紛争状態があっても開示するべきである)。筆者にも思い浮かばないような稀有な例があるならば、そのような特殊な事情が存在することとそのことによる非開示の具体的合理性を行政側が裁判手続で証明できた場合に限って非開示が許される例外的余地も理論上は残されよう。


  八 本訴訟でのその他の特記事項

 開示請求人である原告に秘匿して、被告大田区が、本件の開示の可否に関して「個人情報保護審査会」を開催して審議していたことが答弁書の記載にて判明した。

 そのため、原告代理人は、当該審議録について、二〇〇七年一月三〇日第一回口頭弁論期日において、同審議記録の記録一式を裁判所に提出するよう、行政訴訟事件法第二三条の二が規定する「釈明処分」を行う旨、裁判長に求めた。

 裁判長はそれを認め、その旨の釈明処分が下された。

 原告訴訟代理人は、「ただいまの釈明は行政事件訴訟法に基づく釈明処分で間違いないですね。」と確認し、裁判長は「間違いありません。」と明言し、口頭弁論調書に、釈明処分の内容が記載された。

 被告からは二〇〇七年二月一五日、釈明処分に基づく資料提出がなされた。

 提出された資料から、行政内部の議論のありようが窺われ、原告には参考になった。

 実務上、「事実上の訴訟指揮」によって文書提出が促されることはままあるが、本件は、現行行政事件訴訟法に基づく釈明処分が明確に下された訴訟の一例である。


  九 判決後

 常識的には判決確定後二週間以内程度には、非開示の原処分を取り消して開示する旨の決定を下し、一ヶ月以内には開示手続を履行するものであろう。

 然るに、被告大田区は、判決確定から一ヶ月以上を経過した本原稿執筆の二〇〇七年八月二四日時点で未だ開示決定を下してこない。

 第一回口頭弁論期日直前に慌てて六箇所の開示書面を送りつけてきた姿勢と対照的である。

 近時の行政の「司法軽視」と「市民の権利軽視」の姿勢を憂う。

                  
(ふじおか・つよし)



判決文こちら





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