判決を迎えるにあたってのメッセージ

 
2006年11月29日 鈴木敬治

 この裁判は多くの仲間たちの支えがあってここまでやってこれました。僕の生活を支えてくれた介助者のみんなや、僕の闘いをずっと支えてくれた支援のみんなや、応援してくれた全国の人達に感謝します。何よりも共に闘ってくれた大田区の障害者の仲間達と都内各地からかけつけてくれた障害者の仲間達に本当にお礼を言いたいです。ありがとうございました。

 大田区は障害者いじめの移動月32時間で僕達を苦しめてきました。1人1人の生活を無視して32時間を押しつけてきました。1人1人生活はみんな違います。国や役所は、1人1人に必要な介助保障をしなければいけません。大田区長は大田区に貢献のあった特別な人だけにうんとたくさん保障してあげますよと言います。こんなことは差別です。障害者の間に、特別な人とそうでない人という差別をもち込んでいます。特別な人は生きられて、そうでない人は死んで良いと言うのですか? 1ヶ月32時間の移動/外出では何にもできません。1日あたり1時間しか外出できなくて一体何ができるというのですか? 1時間ぽっちでは散歩はできても、自分のやりたいことはできません。行きたい処にも行けません。そのためには僕の生活を介助してくれる人がいなければできないのです。僕達障害者1人1人の必要をちゃんと聞いてください。そしてちゃんと保障してください。

 たとえば、僕の外出のためには、ベッドから車イスに乗りかえるのも外出着に着がえるのも介助が必要です。外出したら僕は言葉の障害があるから通訳してもらうことも必要です。外でトイレに行く時もすべて介助が必要です。たとえば道路に段差があれば車イスはそこから前に進めません。駅前に放置自転車があればそこから先に進めません。電車やバスに乗る時もキップを買ったり行き先を言ったり、階段を昇ったり、健常者にとってはなんでもないようなことが私達、重度障害者にとっては大変なことなのです。電車に乗る時、私達は、まずホームに上がる車イス用エスカレーターを用意してもらい、次にスロープを持ってきてもらい、更に下りる駅の駅員さんに連絡してもらい、やっと電車に乗れるのです。準備ができるまで何分も何十分も待たなければなりません。いつもお世話になっている駅員さん達に感謝しています。

 しかし、こんな苦労を多くの人達に分かってもらいたいのです。今日も、裁判所に来るまでに多くの人達が僕を支えてくれたから来られたのです。それなのに大田区は障害者の社会参加の外出は月32時間、1日あたり1時間で良いと言いはってきたのです。こんなことは本当に許せません。私達障害者は家や施設のベッドでじっとしていなければいけないのですか? 普通に街に出て、多くの人々とふれあいながら生きてはいけないのですか?

 私はどこにでもいる54才の1人の男性です。病気でも何でもありません。ただ重度の障害者であるというだけです。皆さんは1日1時間しか外出が認められないとしたらそれが普通のことだと思いますか? それ以上外出したければお金を払っておやりなさいと言われたらどう思いますか? これが大田区のこれまでのやり方なのです。

 4月から障害者自立支援法が始まりました。ところが国や役所は介助が必要ならばお金を払いなさいと言うのです。お金を支払わされて自立が支援されるなんておかしな話しです。作業所で1日何百円しかもらえずに働く障害者は、その作業所に通うために毎日お金を支払わされるのです。変だと思いませんか? 国や役所は障害者福祉に予算がかかりすぎるから削らなければいけないと言います。それならばイラク戦争に自衛隊を送って何百億円も使い、沖縄のアメリカ軍に何兆円も使っているのをどう説明してくれるのでしょうか? 人殺しにお金を使うぐらいならば、人が幸せに生きるために使われるべきだと私は考えます。苦しめられているのは障害者だけではありません。医療も教育もどんどん予算が削られています。お年寄りの介護保険は元々少ないのに増々削られています。

政府は今後、この介護保険と障害者福祉を一緒くたにして、更に福祉の予算を削ろうとしています。こんなこと、だまっていたらみんなロボットみたいになってしまいます。政府や役所の言うことだけをハイハイと聞くだけになってしまいます。みんなが幸せに生きていくことなどできなくなってしまいます。今こそ、弱い立場にある人が勇気をもって立ち上がり、団結しなければ本当に生きてはいけなくなってしまいます。1人1人は弱くてもみんなで集まれば勇気も力もわいてきます。僕の裁判は、僕だけの問題ではありません。大田区だけの問題でもありません。全国の弱い立場の人々の問題と結ばれているんだと思っています。もしこの闘いで全国の障害者や、苦しめられている人々に少しでも勇気を分けることができれば僕は幸せです。そして、それが僕にとっての社会参加の意義だと思います。大田区が僕の社会参加の外出を削ったから、逆に僕は社会参加としてこの闘いに立ち上がりました。そして、これは、僕にとっての大きな仕事なのだと思います。

 大田区の職員の中にはひそかに僕のことを応援してくれる人もいます。だけど多くの職員は、上の決めたことには従うしかないとしばられています。まるでロボットのような仕事をさせられている可哀相な人達です。逆に僕は重度の障害者ですが、正しいこと間違っていることをはっきり言うことができます。心の中は自由なのです。これは本当に幸せなことです。

 大田区の言う「安心な街づくり」「やさしい街づくり」は僕達障害者の社会参加なしには語れないことです。

 大田区が何をしようが、わたしはこれからも自由自在な精神で最後まで闘い抜くことを宣言します。

 本日は、お集まりいただき、私の話を聞いてくださり本当にありがとうございました。


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