「鈴木訴訟」に関する解説

 
2006.10 弁護士 藤岡 毅

目次


鈴木訴訟とは  

2003年4月から、「障害者の自己決定の尊重。措置から契約へ」の美名のもと、障害者の地域での自立生活を支援するための「支援費制度」が開始されました。身体障害者福祉法第17条の4〜16で規定されていました。

 障害者自立支援法制定により2006年3月までの3年間の命に終わったこの制度ですが、今後の障害者の介護保障のあり方を考える上で、支援費制度の「総括」を迫る鈴木訴訟の帰趨は極めて重要な意味を持ちます。

 鈴木訴訟の原告は、東京都大田区のアパートで自立生活を営む全身性障害者鈴木敬治さん(54歳)です。被告は、大田区です。東京地方裁判所に2005年8月30日提訴され、2006年9月8日の証人及び原告本人尋問までに6回の口頭弁論が開かれ同日結審し、次回11月29日午後1時10分判決言い渡し予定です。




障害者の公的介護保障請求権  

原告が行使しているのは障害者の公的介護保障請求権です。

 従来、社会福祉受給とりわけ介護保障請求について市民の「権利」について、判例は否定的です。

 鈴木訴訟は、その司法の遅れた認識を改めさせて、障害者の公的介護保障請求権が現代社会における大切な不可欠な権利であることを判決において確認させることを目的としています。

 これが認められれば、社会保障法の教科書、憲法の人権に関する教科書は書き換えを迫られます。

 藤岡は、障害者の公的介護保障請求権の根底は個人の幸福追求権にあると考えています。

 少数者、社会的弱者として社会から疎外され続けてきた障害者個人の幸福追求権・自己決定権を側面からフォローする公的義務として、市民としての当たり前の社会参加の機会を保障し、平等な社会を実現する義務として介護保障義務が導かれると考えます。

 幸福追求権は「最低生活保障」などではありません。各個人が最大限生き生きと暮らせるため、主体的に生活を営む権利です。

 従って鈴木訴訟の膨大なる主張において「最低」「最低限度」という用語は登場しません。

 一般に社会福祉で最低生活基準が満たされない場合の最低保障として生活保護が出てきます。

 生活保護=生存権の従来の法論理は、どこの線までが公権力が義務として行なう量的基準としての最低基準であるかという発想です。換言すれば、公権力は最低ラインを行なえば義務を果たしたことになるのであって、最低ライン以外は違法の問題は生じないという発想に端的に結びつく思想である。

 これでは社会福祉の権利性など出てくるはずがない。

 人間には最高の幸せを掴むために幸福を追求する当たり前の権利があります。

 それをお手伝いするのが公的責務です。




事件の概要  

2003年4月1日〜2004年3月末日の1年間、大田区は鈴木さんに、外出のための介護である移動介護支援費を、月124時間(1日4時間相当)必要と認定し、支給してきました。

 これは大田区による6回の法定勘案事項調査結果に基づき認定されたものです。

 ところが、大田区は、2003年7月1日に制定されたという助役決定「移動介護要綱」(保福障発第533号)の6条2項で移動支援費の上限を一律月32時間すなわち1日1時間相当(未成年者16時間・1日30分相当)と決定したとして、2004年4月1日から大田区在住の障害者(全身性障害者・視覚障害者)の移動支援費を月32時間以下に削減したのです。

 もちろん、鈴木さんの外出時間が減らされるような事情は全く存在していません。

 そのような要綱が存在しているということについて、区内障害者のごく一部に初めて説明があったのが2004年3月に入ってからのことでした。

 鈴木さんは124時間から32時間と、外出のための介護支給が4分の1に突如削減されてしまい、これまで営んできた様々な社会活動を含む外出が出来なくなってしまいました。

 大田区在住の視覚障害者は、支援費制度前のガイドヘルプ制度が全て移動介護制度に統合された上、それが1日1時間相当と規制されたため、ごく当たり前の社会生活を送ることが困難になっています。

 移動介護を削減されたため、ガイドヘルパーなしで一人で外出せざるを得なくなった視覚障害者が駅のホームから転落して大怪我を負うという事故も発生しています。

 鈴木さんと支援者は大田区に対して移動介護要綱の撤廃、移動介護支給の原状回復を求めましたが大田区は一切それを拒否しました。

 やむなく、大田区を相手にした行政訴訟に踏み切ったものです。

 鈴木さんは自分一人のためだけでなく、大田区在住の障害者のためはもちろん、全国の障害者の介護保障のあり方を問うために提訴したものです。




被告大田区の主張  

大田区の論法をまとめるとこうです。
 ……支援費の支給に関して身体障害者福祉法は支給量について何も規定していない。

 である以上、どのように支給するか、どの程度支給するかは自治体の裁量に委ねられた事項である。

 そして大田区においては移動介護を「社会生活上必要不可欠な外出」と「余暇活動等の社会参加のための外出」に区分する。前者の必要不可欠外出とは、役所の手続、金融機関への用事である。それ以外の外出は後者の「余暇等社会参加外出」に区分される。

 そして、大田区では前者と認めた場合は、要綱による32時間規制を当てはめず、無制限に支援費を支給する。

 しかし、それ以外の外出は月32時間規制に服する。

 但し、大田区に貢献のあった障害者団体の役員に対しては、大田区長による特段の認定により支援費の支給を認める。

 そして、月32時間規制が合理的であることの論拠は、「週休2日制における区民の余暇活動等のための外出を1週間に8時間程度と想定し、それが社会的に相当な量と判断し、月32時間としたからである。……

 すなわち、障害者が社会参加する時間は、一般健常者が社会参加した末の週末の余暇活動時間に合わせなさいというのが制度趣旨です。

 鈴木さんの大田区議会への陳情も却下(不採択)となった。その際も堂々と大田区保健福祉部はそのような答弁をして障害者の外出介護を一律上限規定により激減させることの正当化を図ったが、議会もそれを正しいと認めています。

 例えば、視覚障害者の人が点字教室に参加するために外出することについて、大田区保健福祉部は、「そのような習い事は、社会生活上不可欠とはいえない余暇に過ぎず、月32時間規制の対象である」旨答弁して恥じない感覚です。

 そして、裁判所に対して、大田区が32時間規制を正当化するための主張は次のとおりです。

 「余暇等社会参加のための外出は、その性質上、目的、態様、頻度、要する時間等も個々人により千差万別である。従って、個々人のすべての需要に応じて支援費を支給しなければならないとした場合には、対象者各人のすべての外出を予め把握しなければならず、そのようなことは技術的に不可能であるばかりか、限りある福祉財源の公平、適正な配分という観点からも相当ではない。」




大田区主張への反論  

これら大田区の主張は「詭弁」「暴論」にもほどがある。

 憲法第13条、25条に基づく身体障害者福祉法支援費制度は、障害者の人格的自律を尊重しながらの人格的生存権を保障した趣旨です。

 身体障害者福祉法の解釈基準となる障害者基本法は  

    第3条1項 すべて障害者は、個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有する。
    第3条2項 すべて障害者は、社会を構成する一員として社会、経済、文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会が与えられる。
    第4条 国及び地方公共団体は、障害者の権利の擁護及び障害者に対する差別の防止を図りつつ障害者の自立及び社会参加を支援すること等により、障害者の福祉を増進する責務を有する。
 と規定しています。

 すなわち、法は、市町村が決して個人の尊厳を毀損するような低い支給をしてはならないという強い羈束、縛りをかけていると解されます。

 身体障害者福祉法の規定する支援費支給制度は障害者が生き生きとした暮らしを営むために個々の障害者の事情に則して必要即応の介護を保障するよう自治体に対して義務付けた法制度であって、行政の自由裁量を許すものではない。

 被告は勝手に「必要不可欠外出」と「社会参加等外出」を分類し、「後者の社会参加外出は個々千差万別だから把握できないので必要な支給量を支給できない」というのである。

 まず、被告大田区の「移動介護二分類規制論」には致命的な問題があります。

 すなわち、大田区は、「社会生活上必要不可欠外出」と「社会参加活動外出」に区分して規制している。これは論理的に「障害者の社会参加活動は社会生活上必要不可欠ではない。」という前提、命題に立つものです。

 この点は障害者福祉の根本理念に反する本質的意味での問題です。

 障害者にとって余暇を併せ社会参加のための外出は必要不可欠な外出です。

 公権力が合理的根拠なく個人の自己決定権の内容を構成する外出内容を振るいに掛け、「銀行と役所手続きと散髪以外は必要な外出でない」などと決め付けて、それを規制することは許される行政活動でない。

 現代の人類が共通の認識として到達している障害者福祉の基本理念としてノーマライゼーションがあり、障害者を施設や家の中に閉じ込めることは間違いだということは常識の範疇であり、実際大田区はそれを実現することを公約として掲げています。

 障害者が積極的に家から施設から外、街に出て、社会に出て生き生き暮らせるノーマルな社会を構築すること、それが行政に課せられた義務です。

 大田区の移動介護二分類規制論はその理念に明白に反しています。

 一番大切な視点は、障害者の外出はそれ自体障害者にとっての社会参加行為であることです。

 それを「健常者が社会参加したあとの残りの週末の息抜きの余暇」と等価値と評価していること自体、被告大田区保健福祉部の根本的なあやまちなのです。

 また、支援費制度における原則は、個々の事情に則した支給です。

 たとえば、厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部は、平成17年1月18日付公文書にて「支援費制度においては、市町村は、申請を行った障害者の障害の種類及び程度、当該障害者の介護を行う者の状況、当該障害者の居宅生活支援費の受給の状況等を勘案して、居宅生活支援費の支給の要否及び支給量を決定することとされており、従前より、こうした趣旨について、地方自治体に対し、周知してきたところである。」と公式回答しています。

 また、東京都は、東京都福祉局障害福祉部在宅福祉課長による平成16年7月30日付公文書において、
 「支給量の決定は、利用者の障害の種類及び程度その他の状況や心身の状況など、法に定める事項を勘案して行うものであり、個々の利用者の状況を見ないで一律に上限を設定することは支援費制度の理念から考えて好ましくない」としています。

 つまり、被告大田区の主張する「個々の事情を把握するのは不可能だから支給制限します」などの論法は国や都の行政解釈さえ無視する「行政責任の放棄」と言うほかないでしょう。

 各個人の多様で活力ある社会参加活動・生き方を支援すること、そのことこそが障害者福祉の目的、自立支援の趣旨に他ならない。

 「多様だから支援できない。」!などは障害者基本法、身体障害者福祉法が自治体に義務付ける障害者支援義務に反する違法な法解釈と言うほかありません。




行政訴訟としての形態  
    原告が求める請求の趣旨は
     @ 削減処分の取消し判決
     A 正しい処分の義務付け判決
     B 移動介護要綱の違法確認判決
     C 削除された金銭支給義務付け判決 です。
 大田区はこの10月1日全面施行の障害者自立支援法でも同様の要綱を制定する旨明言し、法廷でもそれを認め、実際、移動介護32時間制限の要綱と規則を制定しました。判決が社会に与える影響は極めて大きなものです。



移動介護要綱6条3号の違憲性  

被告大田区は、裁判前の10回を越える交渉、10回近い区議会審議において、「移動介護の支給量上限要綱はやむを得ない」と主張していました。

 ところが裁判で原告からそれは違法と主張されたため、概ね
 「大田区移動介護要綱は上限を定めたといえない。
  なぜなら、6条3号による加算を認める柔軟な支給制度だから」という趣旨の主張に豹変しています。

 この6条3号は「特段の事情により区長が必要と認める場合」に限り、上限を超える支給を認めるというもの。

 本来支給することが法により義務付けられている給付を怠り、権利を剥奪しておいて、何が「特段の事情さえ認められれば加算」であろうか。

 「特段の事情を区長に認定していただいて支給を認めていただく」などいう法制度ではないはずです。

 支援費制度は、申請者に対して必要な支援費を支給することを法が自治体に対して義務付ける法律上の必須義務規定である。

 行政庁に友好的団体である特定の障害者団体の少数の役員にだけ6条3号により「障害者団体役員加算」と称して支給量を加算しているとのことです。

 生活保護費について、特定の障害者団体の役員にだけ加算して支給しているなどという事態が現代の日本で許されるはずがありません。

 移動介護要綱6条3号は、それと全く同じことです

 この裁判で裁判官から指示され、被告大田区は、6条3号の実績調査報告書(乙31号)を提出しました。

  それによると、移動介護要綱制定の平成15年7月1日〜18年3月31日までの6条3号適用による支給実績は次のもの。  

    1 区主催の会議等  延べ8人
     2 区主催の行事等  延べ34人
     3 学校主催行事  延べ1人
     4 赤い羽根募金活動  延べ1人
     5 東京都盲人福祉大会  延べ48人
     6 視力障害者団体役員加算  延べ17人
       合計  延べ109人

  ちなみに上記期間の大田区全体の移動介護実績は
  推定で延べ15万0701時間、延べ5092人、程度。
  すなわち、大田区の移動介護実績全体に対して、区長の特段加算は2%程度。

  これを被告大田区側は「こういう柔軟な取扱いをしているから上限でもなく違法でない」という趣旨の主張をしています。

 原告は役員加算については支援費制度の違法な目的外支給と考えるのはもちろん、
差別的取扱いと特権付与により差別を拡大する6条3号は憲法第14条に違反する違憲、違法な制度として即時撤廃されるべきであると考えます。

           
以上



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